三歳までに脳で何が起きているのか?
コトバや喜怒哀楽、知能、性格はこうして生まれる
この本は、脳の話が中心になっている。そこに、心理学で少し補足されている。
人は受精後、およそ18日で脳の原基ができ、生まれる前に、その後の準備が整う。誕生時には、あらかじめ最低限必要な機能を持ち、その後多くの学習ができるようになっている。
人間には口唇探索反射、吸啜(きゅうてつ)反射をはじめ、歩行反射、モロー反射、把握反射、パラシュート反射などの反射行動は、成長と共に見られなくなる。これは脳の中で「原子反射を抑えるための回路」が生じて、反射行動を抑えているのである。
男女の脳には明確な差がある。脳梁は女性の方が大きく、前交連も女性の方が大きい。視床中間質は女性には必ずあるが、男性にはない場合もある。視床下部の間質核は男性の方が大きい。
生まれた直後は、脳のニューロンが最も多く、シナプスが少ない。生まれた時には、どの言語も学習できる状態になっている。生後、1歳までにニューロンの密度は五分の一に減少し、代わりにシナプスが発達していく。生後11か月までは、生涯でシナプスが一番増加する時期である。8~11か月には成人の約1.5倍に増えることがわかってきた。シナプスはその後減少し、16歳までに三分の一に減少する。このような現象は、シナプスの刈り込みと呼ばれている。
子供は生まれてからしばらくの間話さない。しかし、生後4か月で母語と外国語を聞き分けることがわかってきた。これには近赤外分光法(NIRS)を用いている。本書の中で何度か登場する、近赤外分光法(NIRS)という検査法がすごい。頭にバンドを巻くだけで、脳機能を調べることが可能になった。
脳には学習の臨界期があり、それぞれの能力によって年齢が異なる。絶対音感は7歳、視覚は8歳、言語習得は12歳、楽器の習得は14歳である。視覚の臨界期について調べてみたが、病気等で事情があって8歳以下の子供に眼帯をつけると、視力、視覚が十分に発達しない場合がある、ということである。
本書では多くの研究方法や学説を紹介しているが、特に特定の説に固執することはなく、中立を保とうとしている様子が見える。人気のある説にも必ず反論を紹介している。
個人的には、せっかく脳の詳しい話を書いていただいているので、運動能力との関連性を、もう少し広げて読んでみたいと思う。
「早期教育の落とし穴」を読んでもう少し考える。
シナプスの刈り込みと学習の臨界期については、多くの早期教育推進者に利用されている。極端な形が「三歳児神話」であり、三歳までの環境や刺激により、学習能力に差が出てしまい、上手に対応すれば天才児を育てることも可能になる、という話である。しかしこの三歳児神話の根拠にまだ信頼のおけるものは見つかっていない。
「幼児期の環境が豊かであると、脳の発達が促進される」と解釈されているのはGreenough&Vblkmar(1973)の実験結果である。この実験にはラットが用いられているが、実験開始日にはラットの日齢は21~24日であり、隔絶された環境、複数のラット、遊具を備えた環境での30日育成後、後頭葉の樹状突起数を調べたものである。遊具を備えた環境下のラットの樹状突起は、隔絶された環境下のラットと比べて20%多く枝分かれしていた。しかし日齢20~30日のラットは、ヒトに当てはめると少年期から思春期または成人期に当たる。従って、上記の実験からいえるのは、豊かな環境にいると、年齢に関係なく脳構造に変化がある、ということである。
学習の臨界期については、よく調べたうえで、子供にパッケージ化された商品を与えるのではなく、環境を制限しないように気を付ければよいと考えられる。
三歳までに脳で何が起きているのか?
コトバや喜怒哀楽、知能、性格はこうして生まれる
西村尚子
2012
技術評論社
491.371 中枢神経:脳・脊髄の生理,心理学的生理学
参考資料