SHOE DOG

靴にすべてを。

 1年ほど前に何かで本書を紹介しているブログを読んで、読みたいと思っていたものである。この本について書いている人は多数いるが、それぞれ本の中で注目している点が大きく異なるのが面白い。

 フィル・ナイトはとても優秀である。オレゴン大学を卒業後、スタンフォード大学でMBAを取得する。そして、アメリカ陸軍で1年間訓練を受ける。各国を旅し、日本で靴を大量に購入し、アメリカで代理店として販売する契約をする。自分の会社の名前はブルーリボン。最初の支援者は父親だ。

 実家に戻ってから、靴を売る傍ら、当面の生活費を稼ぐ。物品販売は借金から始まる。父親から金を借り、銀行から借り、返済はぎりぎりである。ライブランド・ロス・ブラザーズ・アンド・モンゴメリーに就職する。そして、会計士の資格も取得する。ブルーリボンを設立して5年経ち、収益を上げていたが、自分自身への給料は低いままである。同時にポートランド州立大学で、教授の助手もはじめた。

 彼に見倣いたいのは、徹底した顧客志向である。初めに日本のメーカーであるタイガーから靴を買う時に資金を依頼したのは父親であった。父親への返済は、しばらく延ばしてもらう。そして初年度に売り上げた8000ドルをそっくりそのまま銀行に預け入れる。その預金をもとに、貸付を申付けるのだが、銀行にはあっさり断られてしまう。しかし、そこは彼の交渉術で負けてもらうのだ。話し合いの場では、銀行員の言う通りに、駄々をこねずに引き下がる。そして、日本の靴屋、オニツカに大量に注文し、それを担保する信任状を銀行に出してもらう。顧客を待たせるわけにはいかないのだ。

 最初から協力してくれる仲間もいた。一人はビル・バウワーマン。大学に通っていた時の陸上のコーチである。フィル・ナイトを監督していた時には、タイムが上がるように、手作りの靴を履かせていた。フィル・ナイトはまず日本の靴を二足、バウワーマンに送った。当初は、気に入ってもらえたら何足か注文してもらえるだろう、という淡い期待だった。しかし靴を送った後に会ってみると、「私を契約に加えてくれないか」と言う。半額を出資するというのだ。バウワーマンは出資するだけではない。新しい靴の開発にも熱を注ぐ。トレーニングシューズのアウターソールは50年も変わっていない。彼はワッフルメーカーからヒントを得て、ワッフルの形のソールを作り、靴に縫い込んだ。

 もうひとりはジェフ・ジョンソンである。スタンフォード大学に通っていた時に、陸上で一緒に走っていた仲間だった。ロサンゼルスのオクシデンタル大学での協議会で偶然再会し、靴の販売への協力を求めたところ、最初は断られてしまう。しかし、後日送ったタイガーの靴を気に入り、委託セールスマンになる。売上に対する歩合制だ。ジェフ・ジョンソンは手紙魔だった。顧客や見込み顧客について徹底的に分析し、すべてを手紙に書いてフィル・ナイトに送る。あっという間に販売地域を拡大し。タイガーと契約していた競合社の担当地域の侵食をはじめてしまう。

 フィル・ナイトは、自分への報酬を後回しにしていた。妻のペニーは、25ドルの生活費でやりくりしてくれた。少しでも現金があれば、次の靴の仕入れにすべて回す。売上は倍々ゲームで増えていく。支払いは待ってはくれない。とにかく靴を売ることだけに全てを捧げていた。株式公開など、もっての他だった。金を儲けることは目的ではなかった。やがて仕入、売上が拡大していくにつれ、現金の必要に迫られていく。そして、遂に株式公開に踏み切った。フィル・ナイトには議決権のついた株券クラスAを46パーセント、誰よりも多く配分された。異論はない。「会社はどんな場合でも1人の人間が経営し、確固たる落ち着いた声で社内の総意を代弁しなければならない。そうすれば変に徒党を組んだり、派閥に分裂することもなければ、主導権争いも存在しえないだろう。」

 自分でビジネスを興しても、じっとしていて自動的に生活費が振り込まれるようになるわけではない。トラブルの連続である。「臆病者が何かを始めたためしはなく、弱者は途中で息絶え、残ったのは私たちだけだ――。」大学を卒業してから、18年間全力疾走し、株を公開するまでの話である。

SHOE DOG

靴にすべてを。

Phill Knight

2016 原作

2017 邦訳

東洋経済新報社

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